2016年8月25日 (木)

第24回脱原発集会 そして夏休み後半。

8月21日18時から、三軒家公園で脱原発集会が行われましたup
私は2回目の参加。市民団体との共同行動です。
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この日。東京・霞が関の経済産業省前の脱原発テント村が未明の時間に撤去されたことが報告されました。
その跡地で抗議集会が開かれていた同日午後1時半。
福島原発事故で被災した福島県浪江町の畜産農家、吉沢正巳さん(62歳)が牛のオブジェを持ち込もうとして、警察に阻止されました。
この状況を撮影していたフリーのカメラマンが公務執行妨害の容疑で逮捕されました。
度を越した警察の強権的な対応は、報道の自由を侵害している(東京新聞)と。
 
テント村参加者の一人が話したこと「テント村はなくなっても一人ひとりの心の中にはずっとのこっている。反動勢力にも負けないで立ち向かおう。」と力強く呼びかけられました。
 
二か月に1度の原発ウォーキング。リズミカルに、元気に町中に訴えましたnote。福島が終わっていないのに次々と原発再稼働を進めるのはおかしい。おかしいことを、おかしいと訴えることは当たり前sign03
お店から出てきて手を振ってくれるかたもいましたhappy02。夜に光る蛍光ライト?っていうのかな。大きなインパクトです。
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夏休み、後半です。ここ数年、工場見学がマイブームですevent
工場見学のだいごみは・・・
その会社がどんな理念を持って、モノづくりに賭けてきたのか、どんな夢を描いているのか
が知れることですear
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そしてその工場で働く人々や、商品が消費者に届くまでの流れを知れることでその『モノ』を手にするときに思い出して大事に扱うようになれます。
素敵な思い出にもなりますdiamond
 
さて今回は、八潮市の
おもちゃ消しゴム工場、イワコーさんcake
 
子どもを歯医者に連れていくと、窓口で、『よく頑張ったね』とごほうびにくれる、あのおもちゃ消しゴム。
地域のお祭りで消防署や警察署が子どもたちに配るbusあの消しゴムを作っている工場です。
イワコーさんは八潮市の住宅街にそっとたたずんでいる小さな工場です。
 
社長さんがどうやって会社を守ってきたのか、どんな苦労があったのか、どんなふうに消しゴムができていくのかを丁寧に説明してくれました。
 
 
おもちゃ消しゴムは何よりも『金型』が命、一つの形の金型に数十万円から数百万円もかかるそうです。
できた部品を組み立てて、小さな袋に詰めるのは内職さんにお願いしていること、工場の近くの方々約300人ほどの方々が携わっています。人の手が商品にしてくれます。
 
遠方からも内職したいという連絡があるが、消しゴムの部品を配送する間に削れたりかけたりしてしまうのでなるべく近くの人にお願いしていること。
600種類以上のデザインがあるそうです。
その後組み立て体験。子どもたちは真剣に、取り組んでいました。
参加者をを前に、会社の歴史や苦労、社長の思いを情熱的に話してくれました。
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子どもたちには、
 
「僕はね、全然勉強ができない子だった。
でも一生懸命勉強したら1番になれた。
頑張って努力をすれば、きっと願いが叶う。
 
僕は英語が喋れないから、外国から工場見学に来てもらった時に、ぼくの言葉がストレートに伝えられないのがとてもくやしい。
 
みんなはこれからたくさん勉強して英語をしゃべれるようになったほうがいい、など子どもたちの将来を思うメッセージ、とてもいい話でした。
 
そして印象に残ったロマンあふれる言葉confident
 
 
『僕の夢は、日本の子どもたちだけじゃなく、
 
世界中の子どもたちを消しゴムでえがおにすること』
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2016年8月21日 (日)

バス待機場を考えるつどい

水道タンク跡地に建設予定の『バス待機場を考える集い』が8月20日、行われました。

私は6月議会でのこの問題についての報告を行いました。

土砂降りの雨の中、20名ほどの方々にご参加いただきました。

周辺には小中学校や老人ホーム、マンションなど人や車、自転車などの往来が激しい場所です。そこにバスの待機場ができることで、安全が保たれない、渋滞や排気ガスなどもひどくなるのではないか。

あんな場所にバスが出入りするなんて発想がおかしい。

などなど近くに住む方々から、たくさん意見をいただきました。不安の声が日増しに高まっています。市の主催で説明会をしてほしい。当然の要望です。市は説明会の必要はないという姿勢です。

住民の目線で、丁寧な対応が求められます。

今ある志木駅近くのイオン前待機場の場所を地権者の方にお返ししなければならなくなりました。志木駅周辺整備でロータリーに4台分の時間調整のための折り返し場は整備されますが、運転手さんの休憩所として、水道タンク跡地を利用するという計画です。

バスのダイヤはまだ未定。日常的に何台のバスが出入りするのかは、市とバス側の話が食い違っています。

待機場そのものに反対しているわけではありません。バスは公共性、利便性があり住民の足としてどうしても必要です。市民の安全性を第一に、待機場を作る場所について再検討できないか。市の主催で説明会を行うべきではないか、9月議会で取り上げます。

工藤 薫さんの写真
工藤 薫さんの写真

 

2016年8月12日 (金)

戦争体験を伝える思い

今年も8月がやってきました。
はだしのゲンを読んでから夏が来ると71年前の日本を思います。今年は特別。
 
新座市在住、92歳の斉藤さんから戦争体験をお聞きしました。工藤議員も一緒です。
いつも笑顔が最高に素敵なheart01斉藤さん。国民救援会の事務局長さんです。
人を和ませるその笑顔の下に、こんなにも凄惨な体験が刻まれているとは思いも寄りませんでした。
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現在92歳の斉藤さんは福島で生まれ育ち、21歳の時に徴兵制で当時の関東軍に入隊しました。19年の4/1にチチハルの航空通信に少年兵として入り、6か月間教育を受けました。11/3にルソン島マニラに転属の命令が出され、11/4にマニラに上陸。上陸と同時にグラマン襲撃があり、間一髪で免れました。

 

フィリピン戦線では50万人以上が戦死、餓死しました。兵隊は次々と上陸するのに食料を乗せた輸送船が爆撃され食料が全然とどかないという状況でした。

食料は『現地で調達せよ』と命令が出され、斉藤さんは生き延びるため、雑草やまだ青くて渋いバナナ、生き物は動くものは何でも食べました。ネズミは美味しかった、皮をはぎ焼いて食べたそうです。『トカゲも美味しかった。

水がなくて、自分のおしっこを飲んだが渋くてたまらなかった。山の中腹で倒れた兵隊の目がぱっちり白くなっているが、よく見るとウジ虫が目、口、鼻に湧いてひどいものだった。フィリピン兵のみならず日本兵が日本兵を撃ち殺し、その肉を食べるということが現実に起きていた。

 

アメリカ軍が上空から告知する『対地放送』で敗戦を知らされ、茫然自失だったが「やっと終わった」とも思った。

ある古兵は降伏前々日「自分はアメリカの捕虜になって勉強して、役に立つ仕事がしたい」と言っていましたが敗戦を迎え、上官に軍事裁判にかけられるか、自決するかの選択を迫られ、彼は自決を選びました。深い穴を掘り一発だけ入っている拳銃を自分で後ろから打ち抜き、亡くなった。死んだことを確認できるまで見守ったが、本当にかわいそうでした。生きていたら彼はどんな仕事についていただろうと思います』と。

 

今回お聞きした話は衝撃的でした。普通に家族と暮らしていたのであろう若い人たちが、どういう思いで命を落とし、仲間が死んでいくのを見ていたのか、どんなに無念だったか思うと言葉もありませんweep

斉藤さんは「二度と、絶対に二度と戦争はしてはいけない」と話していました。

私の祖父はニューギニアで衛生兵として出兵していました。1度だけ私に体験を話してくれましたが途中でやめてしまいました。戦争は人が人じゃなくなる、地獄だと言っていました。

斉藤さんが『今も江戸前寿司fishを食べるとき、美味しいものcakeを食べるときには、いつも戦友を思い出し、一口だけでも食べさせてあげたかった』と話す姿に涙。こんなにひどいことが起きたんだ、戦争を知る人の思いを伝えていかなくてはいけない、と。そのために斉藤さんは私に話してくれたのだろうと思いました。

 

また、翌日は平和委員会主催の入間基地ツアーに参加させていただきましたdash

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彩の森入間公園up夏の緑がまぶしい自然豊かな公園club。森林浴happy01

子供たちが走り回り、お年寄りがウォーキングしています。

でも・・・

この彩の森入間公園と自衛隊入間基地の間に米軍基地の跡地『東町側留保地』があります。

樹木が生き生きと生い茂っている緑の森。

この留保地(何かあったときのためにとっておく土地)の木樹を伐採して訓練場と自衛隊病院を作る計画が進められています。

今までの自衛隊病院は警察病院や逓信病院と同様に、職域病院だけど一般市民も受け入れるという病院でした。

今回、防衛相の資料を見ると『後送病院』と位置付けられているそうです。またエボラ出血熱など感染症対処能力の向上が書かれています。

つまり・・・

 

軍事医療。戦争に出て行った隊員が重症のけがを負った場合に運ばれる病院。そして平時では考えられないような重症患者、銃弾を受けていたり、裂傷、脳に衝撃を受けていたり、そういった状況対処することが求められます。

また日本には起きないような感染症の研究も進められます。

 

後方支援中心だった基地が、海外の戦争に駆けつけるための拠点に変わろうとしています。

医療が変わってしまいそうな怖さを感じました。命は平等で大切。

医療人はひたむきに目の前の患者さんをよくするために日々奮闘していますheart02

医療が軍事的になったらどうなるのかeye

命を差別する医療に変えさせられはしないのか。

市民が知らない中で進められようとしている。

案内してくれた方は、埼玉県は沖縄に次いで大変な変化を強いられようとしていると話していました。

総勢30名弱。若い方がたくさん。息子もよく聞いていました。

今度は新座市の大和田通信基地や、朝霞の自衛隊の施設にも行ってみようsign01

靖国神社にも行ってみよう。聞くだけじゃわからない。

自分の足で、目で見て、知ることから。

 

2016年8月10日 (水)

バス待機場を考えるつどいのお誘い

今解体中の東1丁目の水道タンク跡地に、西武バスの待機場が移転される計画があります。
周辺には小中学校、幼稚園、保育園、スーパーや老人ホームなどがあり、人の往来や車、自転車がひっきりなしに通る場所です。何人もの方々から不安の声が届いています。渋滞も懸念されます。

6月議会でこの件で質問しましたが、市は周辺住民にあえて説明会の必要はないとしています。東野小の通学路を変更、車道の拡張など対策をするとのことですが住民と話し合い、丁寧な説明が必要です。
バスのダイヤや出入りの頻度などはまだ分かっていません。そもそも多くの方はこの計画を知らない状況です。

8/20(土)に『バス待機場を考えるつどい』
が行われます。私も参加します。
ぜひみなさんの声を聞かせてください💕

2016年8月 5日 (金)

夏休み、前半!

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世間の子どもたちは夏休み真っ最中。私もお休みをもらってお出かけしました。
こちらは茨城県。7月某日。
おともだち親子と、あの、おいしいラスク工場へ見学へsign01
ガトーフェスタ・ハラダ本社工場。
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大好きなラスク『グーテ・デ・ロワ』の製造工程が中心で、フランスパンがラスクになるまでの工程が見学できます。もちろん、無料、試食ありheart04工場見学の、醍醐味~。
 
出来立てのラスク、ほんとに美味しかったhappy02そのあと、渋川スカイパークで子供たちも、大はしゃぎ。ティーカップや、メリーゴーランド、観覧車、そして・・・お化け屋敷っ
私、一人で入室。怖かったけど。達成感があります。10数年ぶりです。歩くお化け屋敷coldsweats02
子どもたちに私の頑張る姿、見せられましたwink
 
そして、お仕事の後、久しぶりの野球観戦。西武プリンスドーム、西武VSソフトバンク。
各チームの応援の地響きと、音楽と、ゲームを追いながら、焼きそばとかき氷・・・。
夏だなあ・・・・。
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金曜日は志木駅宣伝。今日は新座民報、いつもよりたくさん受け取ってくれましたsign01
さて、新人議員の私。日本共産党綱領や、市町村財政分析について勉強中です。
 
脳ミソの、普段使っていないところを使ったような、、、。難しいweep
けれども、市民の大事な税金がどんなふうに使われているのか、チェックするのも議員の仕事です。数字ばかりですがわかってくると、面白いのだと、思います。奥が深い。
また機会あれば、ブログに載せたいと思いますwink

2016年8月 3日 (水)

自治体学校IN神戸 報告

7/30~8/1まで行われた自治体学校に参加しました。阪神淡路大震災から21年、神戸市での開催です。内容の濃い、充実した研修になりました。政務活動費、税金を使っていかせていただくので、気合も入ります、何せ議員になってまとまった研修は初めてです。

なので、ちょっと長いですがご報告させていただきます。

写真は神戸市役所1号館24階の展望台からみた神戸の街並みです。

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《1日目・7/30》 神戸芸術センター、芸術劇場にて、歓迎行事、記念講演。

歓迎行事は神戸中華同文学校の舞獅隊による中国獅子舞と太鼓衆団輪田鼓。2003年紅白歌合戦に踊り手としても活躍されたそうです。すごい迫力sign03で盛り上げてくれます。

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記念講演は加茂利男先生の講演

「日本型人口減少社会と『地域再生』-不安と混迷の時代をどう生きるか」

不安と混迷に満ちた時代。昭和の経済恐慌、日中戦争という暗い谷間の時代に向かう中昭和2年に自殺した芥川龍之介。旧友あての手紙には『僕の将来への唯ぼんやりした不安』という言葉が記された。世の中の空気を敏感に感じ取り、不安にさいなまれていたのではないか。今の日本にも似たような状況があるのではないか・・・というところの切り口から本題に向かいます。

日本の人口の増え方、減り方は主要先進国と比べて急増、急減なのが特徴。

人口が減っている中で『人口争奪競争』ある地域が自力で知恵を出し、発展するとそこに人は集まるが、その分ほかの地域の人口を減らすことになる。勝ち組負け組の差が絶対的な違いになり、だんだん負け組のほうが多くなる。ここに今の「地方創生」のジレンマがあるのではないか。

しかし希望の手がかりもあるup

昨年チュニジアの「国民対話カルテット」がノーベル平和賞を受賞。4つの大きな全国団体が対話を積み重ね、暴力によらない新しい政府を樹立。

シリアでも泥沼化していた内戦を停止すべく政府と反政府勢力との間に何とか停戦合意ができたこと。そして。

日本でも、シールズのようなこれまで予想もしなかった新勢力の後押しで政治の新しい形を作り始めたこと。

めざましい変化は起こらないかもしれない、でも安倍政権の暴走をとどめようとする動きがいくつもの点になって広がっているのは間違いないのではないか。

地方創生策にはいろいろ問題もあるが、地域の内発的発展は緩やかに連動し本当の地方創生の波が起きつつあるのも確かだ。

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次は、パネルディスカッション

『辺野古への新基地建設をめぐって争う国と沖縄県』-

          ~憲法・地方自治から見ると、何が見えてくるのか~

コーディネーターは南山大学、榊原秀訓先生。パネラーはうるま市島ぐるみ会議の伊芸佑得さん、沖縄県新婦人の会上里清美さん、琉球新報編集局基地担当記者島袋良太さん。

1945年のアメリカ軍による沖縄占領から1972年5月15日の沖縄本土復帰に至るまで

沖縄はアメリカの統治下におかれました。今でも国土の0.6%に米軍専用施設総面積73.8%が集中し、米軍関係者による犯罪は絶えず、基地は沖縄経済最大の阻害要因になっています。

辺野古への新基地建設をめぐっての国と県の争いの経緯等については省略しますが。

翁長知事が埋め立て承認の取り消しを行う。

国は「私人」として辺野古米軍新基地建設を扱い、不服申し立てが行われ、同じ国によって承認取り消しの「執行停止」(つまり工事の続行が認められる)が認められる。

国は最後の切り札「代執行訴訟」を不服申し立て・執行停止と同時に関与の手段として最初に使用した!(これは自治体がやらないから国が代わりにやっちゃうことで、本来は本当の最後にやるべきものだそうです)

政府が自分の国よりも米軍、アメリカのほうを向いてしまっているのはなぜか。

オール沖縄に象徴されるように沖縄の民意が新基地建設に反対しているのに、

なぜ政府はなりふり構わず、強行に進めようとしているのか。

疑問でしたが。

そのおおもとに戦後日本、沖縄がたどってきた歴史の背景があるようです。戦後GHQの干渉のもとで進められようろした復興。ポツダム宣言、サンフランシスコ条約、日本国憲法の制定、安保条約、新安保条約などどんな経過をたどってきたのか、今のアメリカいいなりのなにかがあるようです。

榊原先生は最後にこう締めくくっています。

法と政治のコラボが地方自治のためには必要である。つまり、法制度の改正にとどまらない政治行政の変化のために、住民自治団体自治を重視する住民の意見表明、運動や行動が重要である。

長くなったのでcoldsweats012日目はまた後日。

つたない文章をここまでお読みいただきありがとうございますconfident

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2016年7月26日 (火)

惨劇。

強い衝撃をうけました。こんなことがおこるのか。悲しい惨劇が起きてしまいました。

相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者の多数が殺傷された事件。

犯人は元職員。26歳。2月には精神科病院に緊急措置入院されていたとのこと。

彼に何が起きたのか、なぜこんなことになってしまったのか、入所者の方々がなぜ被害にあわなければならなかったのか、これから解明されていくのでしょうが、本当に悔しい。

人の命が大切にされる場所で起こってしまったことが衝撃です。

犯人の『障がい者なんていなくなればいい』という発言。

自分勝手でなんて悲しい言葉。

人間らしい優しさに包まれた場所、命は輝かしい、そう感じられる場所のはずが。

知的障害者の施設でボランティアをした時、私はそう思いました。

この言葉にどれだけの人が傷つくでしょう。また犯人も障害者かもしれない。

やりきれない・・・。弱い人が、弱い人を傷つける。弱い人の味方でありたいと思うけど何が弱いのか強いのかよくわからなくなってきます。

真相を知りたいです。

T4作戦。。。

戦時下のドイツでT4作戦という優生学思想に基づいて行われた、生命の選別、そして社会にとり不要とされた人になされた安楽死政策がありました。

T4作戦は1939年10月から開始され、1941年8月に中止されましたが、安楽死政策自体は継続されました。この作戦によって20万以上の人々が命を奪われたと見積もられています。

ヒットラー政権下のドイツでは1933年の「遺伝病子孫予防法」が制定されましたが、この法律の公式の注釈には1935年から 1945年の間,精神医学学会の会長であったエルンスト・リューディンが関与していました。この法律においては、断種および強制断種は「次の世代のための事前配慮」と謳われており、双極性障害と統合失調症は遺伝性の精神疾患と名付けられていました。そしてこういった劣悪な遺伝子を持つ人間は子どもを持つべきではないとされたのです。40万人にもおよぶ強制断種では多くの人権と人命が侵害されました。

処分されるべきと考えられた対象者は「精神的死の状態」という、当時で治癒不能と考えられた精神疾患の病名カタログにある病名を持った人々でした。そして、全体主義国家によって「生きるに値せぬ生命の死」が要求されるようになったのです。この中には、精神病者・遺伝病者のほか、労働能力の欠如、夜尿症、脱走や反抗、不潔、同性愛者なども含まれていたとされており、T4組織の鑑定人である精神科医のヴェルナー・ハイデとパウル・ニッチェらが、各地の精神医療施設等から提供されたリストに基づいて「処分者」を決定していました。彼ら精神科医によって「処分者」とされた人々は6つの安楽死施設に移送され、殺されたのです。中でもハルトハイムの安楽死施設は1944年末まで稼動し、最大の犠牲者を出しました。最初は犠牲者たちは主にガス室に入れられて処分されましたが、その後にはフェノバルビタール注射や飢餓による殺害が殺害方法の中心となりました。(住吉病院のHPより)

今回の事件で思い浮かぶ負の歴史です。

日曜日は、富士見市長選、富士見市議補選の出発式でした。

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市長候補は瀬戸口幸子さん。ほんとにひまわりのような人です。

『困っている人を見逃さない』私の好きなフレーズです。

ソーシャルワーカーをしていた時、まさにそう思って仕事をしてきたから。

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市議補選の候補者はこみね孝志さん。定数2で3人が立候補しています。こみねさんは

告示の二日前に立候補を決意した、筋金入りの共産党員です。

労働組合や富士見市議団の事務局、国会議員秘書などで歴任されてきた方です。

新座市は富士見市と同じエリアなので応援に入ります。

「市民が主人公」憲法を何よりも大切に。

暮らしに希望のわく市政にチェンジsign03

18歳まで医療費無料化はぜひ実現してほしい。

新座市はすでに18歳まで無料ですが、子育て世代にとって本当に助かります。

お金で差別されません。子どもの健やかな成長が保障されます。

ワンコが大好きな娘、友だちのお家にワンコに会いに行ってきました。

娘、撮影。とっても良く撮れてたので・・・。りょうまくんdog

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2016年7月22日 (金)

梅原龍さんとの再会  ウクレレ小組っ

地域のみなさんと、新座駅で夏の交通事故防止街頭啓発に参加しました!

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浦和の楽風(らふ)さんで行われた、布絵作家、梅原龍さんの個展におじゃましました~

龍さんは夫の学生時代の仲間。今は沖縄在住です。古典の会場になった楽風さんは埼玉の真ん中、浦和の路地を入ったところにひっそりとある喫茶店。2階がギャラリーになっています。

これまたステキな場所ですheart04

今回の龍さんの作品。ガラスや切手、皮や糸、手紙など世界をまわって見つけた素材をミックスして新しい表現をされています。いつも幻想的で、きれいであったかくてshine静かで、ほっとします。龍さんそのものです。帰り際、カレンダーにサササッとサインしてくれました。再会を約束して別れました。

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そして・・・

新婦人、ウクレレ小組、始動sign03ぼちぼちと、まったりと、、、のはずが、みなさん一生懸命、

笑い声と笑顔いっぱいの楽しい時間になりましたhappy01

『ふるさと』を練習していますbud

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2016年7月21日 (木)

垂足軒も森が海になる!

ごとうけいさんの紙工作の世界展『垂足軒の森が海になる』にうかがいました。

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ごとうけいさんはペーパークラフト作家として活躍されています。ちいさいころから粘土細工や折り紙、プラモデルなどいろいろな工作が大好きだったそうです。

動物や海の生き物が立体的に表現されています。また生き物たちの形や表情、ごとうさんの生き物を見つめる優しさが伝わってくるようでした。

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2016年7月18日 (月)

夏の交通事故防止運動と、お祭りと・・・たくさん

夏の交通事故防止運動出発式に参加させていただきましたrvcar

あいにくの雨で室内で開催になりましたが、100名以上、会場いっぱいの参加で、

それぞれの立場から交通事故防止、安全安心の新座市をつくろうという思いがひとつになった式でした。

新座市交通安全推進機関、団体数は55にも及びます。

みなさんの日常的な取り組みによって市民の安全が守られているのですね。

大学時代、バイク事故で先輩が意識が戻らず学生を続けることが出来なくなりました。事故がないのが当たり前、でもちょっとした気のゆるみで大惨事が起こることもあります。

新座市の事故件数、去年より91件少ない212件だそうです。それでも212件・・・。

交通事故防止へ、市民のみなさんと一緒に安全の街づくり、進めていきたいと思います。

日曜日は、野火止1丁目夏祭りでしたnight

すっかり写真撮り忘れてしまってcrying

子ども会のヨーヨー売り場のお手伝いmoon3

なかなか会う機会のなかったお母さんたちと交流ができて楽しかったです。

子どもたちのヨーヨー釣りに向かう真剣な目、愛おしく感じましたconfident

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私の最近のマイブーム食べ物編は、自家製ピクルスsign03

家族でピクルス好きは私だけ、ほかのメンバーは嫌いだそうで一人じめlovely

ピクルスって名前もおしゃれですね。要は酢漬けですcoldsweats01

石島議員にプチトマトのピクルスを教えてもらったので早速dash

甘酸っぱくて美味しいですhappy02up

プチトマトの皮を湯むきして簡単酢に漬けるだけ~の簡単レシピheart01

となりはいつものパプリカとズッキーニですgood

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美味しいものもう一つ、どっかーんsign01

夫がいただいてきた、石垣島産パイナップル。みずみずしくて甘くて、こんなパイナップル食べたことない!ってほどおいしかったです。

石垣島・・・いつか、行ってみたい所ですsun

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まだあります。また次回に・・・

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