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2018年7月

2018年7月28日 (土)

障害者殺傷事件から、2年

相模原市の県立津久井やまゆり園で、」元職員による入所者19人殺傷事件から」7月26日で2年が経ちました。
これからも毎年、あの事件から何年たったと、思うんだろうなと思います。
ショッキングな事件でした。『ノーマライゼーション』。大学で福祉を学ぶ中で出会った言葉。
障がいがあってもなくても普通にくらせる社会、理念。
世界はその流れに進んでいる。障がい者、少数者を排除する社会から、多様性を認め合い、お互いに受けいれる社会に進んでいると当たり前に思っていた理念が、こんなにも簡単に、こんな形で崩されるとは思いもよりませんでした。
『障害者は不幸を作ることしかできない』『意思疎通を取れない人間を安楽死させるべき』。
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赤旗日曜版に掲載されている岩坂正人さんの記事
『当事者は意思疎通はできない。でも散歩に行きたくなると玄関わきに立ってにこにこ笑って待っている。ちゃんと意思表示しています』
『世の中に、役に立つ人にだけ存在価値がある、という考えを後押しする状況はないか。弱いところをはけ口にする空気はないか。ヘイトスピーチもやまゆり園事件も、地続きの部分があると思います』
そして、、こうも述べています。
『誰でも通る人間の発達過程を、彼らもゆっくりだけれど歩んでいる。経済的な価値を生み出さなくても掛け値なしに一人の人間です。障害のある仲間と過ごし、たくさんの『宝物』を紡ぎながら、私の人生の土台ができていったように思います』。
障がいのある人は、障がいのない人と比べるとゆっくりで意思の疎通にも時間とお互いの努力を要します。
だからこそ、見落としがちな、人とのつながりのかけがえのなさや、一人ひとりの個性を見つけ、認め合えるすばらしさを感じることができます。
人の優しさと魅力を感じ、命をとても大事に思えます。
この事件を忘れず、本当のノーマライゼーションを。

2018年7月25日 (水)

3000万人署名

声をかけると「もうやったわよ」と言われることもたびたびあります。

ご協力ありがとうございます。

「安倍さんのやり方はひどいね、なかなかこういう署名に出会えないから」と暑い中、足を止めて協力していただきました。
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9月30日が3000万人署名、第4次集約です!

2018年7月23日 (月)

猛暑のなか・・

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野火止1丁目夏祭り。子ども会で、ヨーヨーコーナーを担当しました。子どもたちもがんばりましたnote
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汗をかきかきsweat01それでも笑顔あふれる大盛況でした。お疲れ様でした。
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7月21日は大江戸にいざまつりに工藤議員と参加。
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ブラジルのサンバで盛り上がりましたhappy01Img_0329
阿波踊りも負けていませんdash

2018年7月14日 (土)

大和田2,3丁目土地区画整理事業の現地視察

大和田2,3丁目土地画整理事業の進捗状況を確認するため、共産党新座市議団で、視察しました。
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約100億円をかけて道路、下水道などを整備して、大型の物流倉庫やカインズホームなどを誘致します。
約88ヘクタールの敷地に倉庫、店舗の建設、調整池、公園など建設は着々と進んでいます。
「税収の伸びるまちづくり」を目指していますが。莫大なお金をつぎ込むので、市民サービスの細かなところが「財政難」の名のもとに次々と削られています。
カインズホームは今年の冬にオープンします。
まちができていく、夢のある話なのかもしれません。
でも・・・一番大事なのは、「市民の福祉の向上」。そこはゆずれません。
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2018年7月11日 (水)

「オスプレイ」が新座にも!?

7月2日に続いて、本日18時前に新座上空をオスプレイが飛びました。

町会の盆踊りの練習会に行ったら、何人もの方々から目撃情報が寄せられました。

すごい音で低いところを飛んだからオスプレイだと思ったとのことです。

中2息子も下校時見て普通の飛行機じゃないなと友だちと喋りながら帰ってきました。

安保条約上、米軍は国内の米軍施設のどこでも訓練できるそうです。が、大和田通信所は訓練施設ではないので、米軍にはしっかり抗議しないと常態化してしまいます。

9日には新座市長に対して、共産党からオスプレイの訓練はやめるよう抗議すること、大和田通信基地の情報収集などを要請しました。

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以下、しんぶん赤旗(7/5付け)の記事を転載します。

オスプレイ訓練 政府は米軍に抗議を

 

塩川氏・埼玉県議団ら要請

 

防衛省に

  

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(写真)防衛省に要請する塩川議員(こちら向き前列右から5人目)ら=4日、衆院第2議員会館

 

 日本共産党の塩川鉄也衆院議員と党埼玉県議団、所沢、新座、入間、飯能の各市議団は4日、米空軍の特殊作戦機CV22オスプレイの飛行と離着陸訓練にかかわって、飛行と訓練の中止と、同機の米軍横田基地配備撤回を米軍に求めるよう防衛省に要請しました。要請には伊藤岳参院選埼玉選挙区候補も同席しました。

 

 防衛省の担当者は、CV22が2日、埼玉県内で訓練を行った事実関係について、米側から「米軍所沢通信基地(所沢市)において離着陸訓練を行った」との回答があったと答えました。米軍大和田通信所(新座市、東京都清瀬市)については確認中だと述べました。

 

 塩川氏は、米側がすでに示しているCV22の訓練場所ではない所沢・大和田両施設での訓練に対し、「政府として米軍に抗議すべきだ」と糾弾しました。

 

 防衛省の担当者は、「地元の懸念は承知している。米側に情報提供を求めるとともに、住民に与える影響を最小限にとどめるように働きかける」と述べるにとどまりました。一方、「安保条約上は、米軍は、国内の施設・区域の使用を認められている」と答え、CV22が国内の米軍施設のどこでも訓練できることを示しました。

 

 参加者から不安の声が相次ぎ、市街地上空や所沢・大和田両施設が、訓練場所として常態化することへの懸念が表明されました。

 

 塩川氏は、「所沢通信基地を訓練場として使うことは基地機能の強化であり、全面返還を求める地元の声に逆行する。ましてや危険なCV22による訓練など断じて認められない」と厳しく抗議し、同機の横田基地配備撤回を求めました。

 

西日本豪雨災害救援募金活動

西日本豪雨災害の被災者のみなさまにお見舞い申し上げます。
志木駅前で日本共産党市議団、後援会で募金活動を行いました。
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19名が参加し、1時間で66255円が寄せられました。
並木傑市長も志木駅を通りがかり、募金に協力していただきました。
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平成で最大ともいわれる豪雨災害。深刻な被害の大きさに言葉もありません。東日本大震災の津波の映像を見ているときのような、衝撃を受けました。胸が痛みます。

日本福祉大★埼玉県地域同窓会

7月7日、日本福祉大学の埼玉県地域同窓会に参加しました

記念講演は、近藤直子名誉教授の『子どものステキさを輝かせて〜親も子も幸せを感じられるように』。

20年前の講義と変わらず、子どもたち大人たちへの思いやりと笑顔にあふれた講演でした⭐️学生に戻ったみたい

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😆

『発達するとできることが増える、発達するからできなくなることもある』
『自分が不安定だと、苦手なことや嫌なことが拡大される』
『子どもができるようになるのが大切なんじゃなくて、子どもが楽しいかどうかです』
ドキッとする言葉がたくさん。


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近藤先生の話に引き込まれるのは、等身大の飾りのないありのままを伝えてくれるから。

私も、そんな風になれたらいいなnoteと、常々思います。

ほんとに素敵な人です。

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なんとなんと、学生時代の仲間と20年ぶりに再会😆歳はとったけど変わらない❣️気持ちが溶けていくみたいでした

2018年7月 4日 (水)

姉妹都市交流事業で、那須塩原市へ

7月3~4日で『新座市議会・那須塩原市議会 姉妹都市交流事業 議員研修会』に参加させていただきました。
平成4年に西那須町の提唱により新座市と愛知県安城市の2市1町で疎水サミットを開催したのをきっかけに、「ちびっこ疎水探検隊」を相互に派遣するなど様々な交流を続けてきました。
平成17年に合併して那須塩原市になったことを機に、両市のさらなる友好を深めるために改めて平成17年11月、友好姉妹都市提携及び災害時における相互応援協定を締結しています。
一日目はもみじ谷大吊橋を見学しました。私は高いところが好きなので、全長320M本州一の『日本一の空中散歩』は圧巻でした。
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午後は那須塩原市役所で『観光の取り組みについて』『両市議会の議会活動について』の研修と意見交換会を行いました。
印象に残ったのは『議会改革の取り組みについて』です。3町市の議会も合併されることになり平成28年に議会活性化検討特別委員会が設置されています。
平成28年には7回もの研修会が行われており、研究を議会として熱心に行われていることに感心しました。また具体的には議会報告の充実や提言書の提出、議会報の改善など多くの取り組みが紹介されました。
どうしたら市民と議会の距離が縮まるのか、親しみやすくなるのかと常々考えていますが、今回の研修でヒントがもらえました。議場も見学させていただきました。
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二日目は、那須野が原博物館、那須疎水公園、青木邸を見学しました。
Img_0182 那須野が原の開拓の歴史が日本遺産に認定されました。
わずか140年前まで人の住めない荒野が広がっていた日本最大の扇状地。
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用水さえ確保できれば有望な土地であることは明らかで、昔から何回も開発の計画が立てられましたが、飲水にすら事欠くような状況で、全て断念せざるを得ませんでした。ようやく、明治13年から那珂川から水を引く工事が着手され、明治18年に幹線水路が完成します。これにより那須野ヶ原開発の基礎が確立し、東北本線の開通もあり、開拓は本格的に進んでいきました。

 

 開拓は、栃木県の有力地主による那須開拓社、鹿児島士族による肇耕社(ちょうこうしゃ)、さらに明治の元勲、西郷従道(さいごうじゅうどう)、大山巌(おおやまいわお)、山県有朋(やまがたありとも)らによって行われました。

 

 第二次世界大戦後、那須野ヶ原には、まだ未墾地が多く残っていたため、多数の開拓団が入植し、開発はさらに進みました。しかし、用水の不足が障害となって開墾が制限されたため、新規に水を確保しての開発が熱望されます。昭和42年から国営事業が実施されると、この事業で、深山ダムの他2つの調整池が築造され、既存の農地に用水を補給するとともに、新たな開拓が可能となりました。また、深山ダムの水は、地域の水道用水としても利用されているほか、水力発電も行われており、地域開発に大きく貢献しています。

 

 那須疎水の特徴として、水路開通後、那須疎水組合が組織され、我が国では珍しい「水量割制」が採用されていることが挙げられます。各開墾地の反別に応じ、引水権量が決定され、この量に基づいて水路の維持管理に要する費用を負担するとともに、引水権量内の開田は自由となっています。(関東地方農政局HPより)

 

 

 
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明治政府で外務大臣を務めた青木周蔵子爵が残した別荘。妻のエリザベートが使っていた化粧台の前でパチリshineモダンな空間です。夏にはひまわりの花がひろがりますbudImg_0172_3
那須塩原の議員さんとも交流が深められ、充実した2日間となりました。
那須塩原のみなさま、本当にありがとうございました。

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