« 脱・原発ウォーキング&青年宣伝 | トップページ | 日本福祉大★埼玉県地域同窓会 »

2018年7月 4日 (水)

姉妹都市交流事業で、那須塩原市へ

7月3~4日で『新座市議会・那須塩原市議会 姉妹都市交流事業 議員研修会』に参加させていただきました。
平成4年に西那須町の提唱により新座市と愛知県安城市の2市1町で疎水サミットを開催したのをきっかけに、「ちびっこ疎水探検隊」を相互に派遣するなど様々な交流を続けてきました。
平成17年に合併して那須塩原市になったことを機に、両市のさらなる友好を深めるために改めて平成17年11月、友好姉妹都市提携及び災害時における相互応援協定を締結しています。
一日目はもみじ谷大吊橋を見学しました。私は高いところが好きなので、全長320M本州一の『日本一の空中散歩』は圧巻でした。
Img_0142
午後は那須塩原市役所で『観光の取り組みについて』『両市議会の議会活動について』の研修と意見交換会を行いました。
印象に残ったのは『議会改革の取り組みについて』です。3町市の議会も合併されることになり平成28年に議会活性化検討特別委員会が設置されています。
平成28年には7回もの研修会が行われており、研究を議会として熱心に行われていることに感心しました。また具体的には議会報告の充実や提言書の提出、議会報の改善など多くの取り組みが紹介されました。
どうしたら市民と議会の距離が縮まるのか、親しみやすくなるのかと常々考えていますが、今回の研修でヒントがもらえました。議場も見学させていただきました。
Img_0184
二日目は、那須野が原博物館、那須疎水公園、青木邸を見学しました。
Img_0182 那須野が原の開拓の歴史が日本遺産に認定されました。
わずか140年前まで人の住めない荒野が広がっていた日本最大の扇状地。
Img_0147

用水さえ確保できれば有望な土地であることは明らかで、昔から何回も開発の計画が立てられましたが、飲水にすら事欠くような状況で、全て断念せざるを得ませんでした。ようやく、明治13年から那珂川から水を引く工事が着手され、明治18年に幹線水路が完成します。これにより那須野ヶ原開発の基礎が確立し、東北本線の開通もあり、開拓は本格的に進んでいきました。

 

 開拓は、栃木県の有力地主による那須開拓社、鹿児島士族による肇耕社(ちょうこうしゃ)、さらに明治の元勲、西郷従道(さいごうじゅうどう)、大山巌(おおやまいわお)、山県有朋(やまがたありとも)らによって行われました。

 

 第二次世界大戦後、那須野ヶ原には、まだ未墾地が多く残っていたため、多数の開拓団が入植し、開発はさらに進みました。しかし、用水の不足が障害となって開墾が制限されたため、新規に水を確保しての開発が熱望されます。昭和42年から国営事業が実施されると、この事業で、深山ダムの他2つの調整池が築造され、既存の農地に用水を補給するとともに、新たな開拓が可能となりました。また、深山ダムの水は、地域の水道用水としても利用されているほか、水力発電も行われており、地域開発に大きく貢献しています。

 

 那須疎水の特徴として、水路開通後、那須疎水組合が組織され、我が国では珍しい「水量割制」が採用されていることが挙げられます。各開墾地の反別に応じ、引水権量が決定され、この量に基づいて水路の維持管理に要する費用を負担するとともに、引水権量内の開田は自由となっています。(関東地方農政局HPより)

 

 

 
Img_0162
明治政府で外務大臣を務めた青木周蔵子爵が残した別荘。妻のエリザベートが使っていた化粧台の前でパチリshineモダンな空間です。夏にはひまわりの花がひろがりますbudImg_0172_3
那須塩原の議員さんとも交流が深められ、充実した2日間となりました。
那須塩原のみなさま、本当にありがとうございました。

« 脱・原発ウォーキング&青年宣伝 | トップページ | 日本福祉大★埼玉県地域同窓会 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2301571/73801359

この記事へのトラックバック一覧です: 姉妹都市交流事業で、那須塩原市へ:

« 脱・原発ウォーキング&青年宣伝 | トップページ | 日本福祉大★埼玉県地域同窓会 »